2008年04月16日

風上か風下か

御仏が一種のキャラクターに変わる時、
根底には御仏に対する敬愛と親しみが
必要であると筆者は愚考します。
御仏が破顔微笑して赦して下さる事に
甘え、御仏の行為の上澄みだけを浅ましく
使い回そうと思い上がるのは愚行としか
言い様がありますまい。

キャラクター自身の魂が眼から感じ取れて
居るならば筆者もわざわざ口を挟もう
とは思いませぬが。
あの眼から感じるのは世間を伺う後ろ盾の
人々の思惑の様な気がするのですよ。
posted by 葡萄瓜XQO at 01:52| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 拾った話題 | 更新情報をチェックする
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