2011年06月14日

理由

なんとなく、と言うのは融通の利く言葉です。

説明出来ない、または説明したくない理屈の
代用語として。

他人の言葉にいつも明快さだけを求めていては
何時か躓きましょう。
自分の言葉を曖昧にしたい時には特に。
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2011年03月19日

一手打つ

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2010年04月16日

一字違い

tanin no zen-i wo zeni ni kae
sore de mouke ga deta to shite mo
zen-i ga ikasare nakereba dou nimo naranai.

zen-i wo zeni ni kaeru mae ni
zen-i wo todokeru tedate wo
naze utanaika?

zeni wo totyu de suitoru tameka?

zeni mouke kanjou ga saki ni kuru,
souiu zen-i no susume wa iranu.
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2009年07月16日

不遜の血縁

マンガ評論の重鎮・夏目房之介氏が、妙な騒動に
巻き込まれております。
経緯については『夏目漱石財団』で検索して戴いて
それぞれの目で確認された方が判り易いかと思われ
ますのでここでは記述を略します。
筆者如きがここで何を言った所で爪楊枝程度の支え
にもならぬのですが、評論家/随筆家・夏目房之介氏を
一読者として敬愛する者として一言記しておきます。

夏目房之介氏が大漱石の孫であった事を売り物に
した事など、筆者記憶の限りでは一度としてございません。
むしろそう言う色眼鏡で視られる事に対して戸惑われ、
洒落心で回避されようとした事ならばあったかと。
飄々とされながらもそう言う気骨はしっかりお持ちの
方だと著作を拝読すると感じられます。
第一、房之介氏が今現在の信頼を勝ち得たのは
探究心使命感の賜物であって、大漱石の遺伝子の
恩恵ではございません。そう言う看板をゴリ押しして
いたならば房之介氏は今の位置にはいらっしゃら
なかったでしょう。
「おたく」はそう言うものを直感的に嫌いますので。

この件に関して房之介氏を大漱石の孫云々と言う
難癖で貶めようとする輩がいるのならば、その連中こそ
無知蒙昧であります。
房之介氏の航跡功績を一切確認してこなかったと
いう事ですから。


不肖の孫

不肖の孫

  • 作者: 夏目 房之介
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1996/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)





マンガはなぜ面白いのか―その表現と文法 (NHKライブラリー (66))

マンガはなぜ面白いのか―その表現と文法 (NHKライブラリー (66))

  • 作者: 夏目 房之介
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 1997/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)





夏目房之介の講座 (ちくま文庫)

夏目房之介の講座 (ちくま文庫)

  • 作者: 夏目 房之介
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1997/04
  • メディア: 文庫




いい大人がしょうもない画策で言い掛かりなんて、
ええ加減にしなさい。
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2009年05月27日

祈りを基調にしたお百度参りなら
好感が持てましょう。
御利益を前提としたお百度参りなら
蔑まれましょうが。

自分の鏡は自分で磨くもの。
余所の輝きを写し取ろうとしても
そうは問屋が卸しませぬよ。
posted by 葡萄瓜XQO at 07:10| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月17日

語れ騙るな

極偶に昔語りを御自身の装飾に
用いられる御仁をお見かけします。
御自身が開拓者となって功成り
名遂げた方が法螺を朗々と吹くのは
構わぬのですが、音色の濁った法螺を
ただ大きく吹き鳴らし大家の義太夫に
なってしまっては困りもの。
筆者もつい口が滑り過ぎるので
その点については自重しなくては
なりますまい。

先人の遺したものに敬意を払い、
きちんと向き合えば観得て来るものが
ありましょう。
傍観者にもそれなりの儀礼は存在
するものであるかと。
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2009年05月09日

偶人

余所の言葉に
寄り添い騙り
己が中身は
がらんどう
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2009年04月15日

手の内

他人の手の内ばかりを眺めていても
何も変わりは致しません。
自分の手の内をさり気なく滲ませる様に
振舞える強かさを持たないと。

意思なく留まるのは楽でございますから。
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2009年01月21日

性分

ふと訪れる空白に慄く癖と言うのは如何にか
ならないものか、と苦笑します。
受信一方ではなく彼是と消化を試みる好奇心は
通常運行している様ですので欠片程はましで
ありましょうが。

受信の受け売りのみをする事だけは、致しますまい。
posted by 葡萄瓜XQO at 20:30| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月16日

そして惹句の一騒ぎ

地味でもみっしり詰まった事実が最後には遺ります。
一時は行方不明になってしまったとしましてもね。

大きな体で鎮座ましますエアートランポリンも権威の
象徴として存在している訳ではありますまいよ。
元よりあの中に詰まっているのは娯楽を満喫する心で
あって妄念から発生したガスではございませんし。

節度も落とし所も無い妄念でその身を膨らし続け
たのなら、弾けて消えても本望でしょうね。
そして後には唯一切空、と。
posted by 葡萄瓜XQO at 08:01| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月18日

鏡の中の虎を御そうと望むのならば、
とっくり彼と睨みあう事が肝要でしょう。

彼は外にいる存在ではなく、中で何かを
只待ち受けている存在なのですから。

残像である彼を補完してしまうのは
どこかに潜む執着の仕業かと。
posted by 葡萄瓜XQO at 05:11| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月03日

言葉加減

人の言葉を御都合主義で鏡の様に遣うのならば
暖かい言葉が返る道理はありますまいよ。

鏡に投げかけて返るものは写し身と相場が決まって
いますから。

交わす言葉の愉しさというのは、自分との温度差も
含めて愉しいのですよ。
posted by 葡萄瓜XQO at 06:05| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月10日

滲み出るもの

読んでいるだけで苦痛を感じ怖気立つ文字列と
言うのは確かに世間に存在します。
出力している当人は懇々と清水が湧き出るが如く
名言を連ねていると自惚れ、故に読み手を平伏
させる事が出来ると思っておいでなのでしょう。

でも、世間様はきちんと見ております。
その文字列が如何言う過程を以って吐き出された
のかと言う事を。
針小棒大と言う物言いが余程可愛らしく思える様な、
下賎な大仰さが源泉だという事を。

当方が名指しを避けるのは慈悲故にではありません。
それ以外の冷たい感情故に、です。
posted by 葡萄瓜XQO at 22:00| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月24日

形式認識

本と言うものを知識や娯楽の糸口と捉えず、
工業製品或いは商品と捉えるが故に昨今は
売買バイバイと短絡するのでしょうか。

尤も、知っているだけを知識とは申しませぬが。
posted by 葡萄瓜XQO at 19:04| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月21日

長考

迸る言葉もあれば
滲み出てくる言葉も
あります。

余韻は、滲み出る
言葉でゆっくり埋めて
ゆきたいですね。
posted by 葡萄瓜XQO at 16:21| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月23日

詠集

雑踏の中の調に耳塞ぎ先行く君の行方空寂

柚子胡椒過ぎた一匙鼻を焼き薫り散らして辛味残せし

高低に一言噛みたる我の居て口腔の冷え幾許か知る

じんじんと突き刺す寒さ昇り来て心凍らす懐凍らす

ブラウザの更新待ちは時殺し膝揺すりつつ葦編三絶

声高の便利謳いに蓋を開け失せもの探しに目を泳がせる

ミステリで影の如くに居る彼を道化と観るか偉人と観るか
posted by 葡萄瓜XQO at 18:18| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月31日

年納吟行

電柱の リュウと呟く 晦日空

福袋 三足早くに 訪れる

百合鴎 屯している 晦日街

ほの白く 闇に浮かぶか 鏡餅

青鏡 凛と冴えたる 年納

充足を 言葉紡ぎて 知る晦日
posted by 葡萄瓜XQO at 12:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月12日

私説・今年の一文字

2007年の一文字「巨」

巨きな存在に寄りかかり、
自らを巨きく育てない。
巨きく虚ろな器の中で、
彷徨うのはさて、
何方でしょう。
posted by 葡萄瓜XQO at 00:14| 大阪 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月27日

不器用故に

不器用故の不調法を埋めたいが為に、
筆者の好奇心は発達したのではあるまいか、
とふと思います。

時々は器用でありたいと願ってしまうので
ございますが。
posted by 葡萄瓜XQO at 21:20| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月09日

往還心地

ネットに居る『筆者』も娑婆に居る『私』も
等しく同じ人間です。
只一点違うのは交際の方向区分でありましょう。

娑婆を捨てれば『筆者』は精彩を失いましょう。
ネットを捨てれば『私』は閉じた人となりましょう。
コインの表と裏の如く、どちらも捨てる事が
出来ないもの。
どちらが如何とは断言しかねますが。

往還を厭いますまい。何れも大事な範疇なれば。
posted by 葡萄瓜XQO at 16:09| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 感情任せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする